2009.09 フル・アルバム『銀座物語』大伴良則氏解説
この7月から、TV東京系『たけしのニッポンのミカタ!』のエンディング・テーマとして流れている曲1.「瞳」で注目されているシンガー・ソングライター人見麻妃子が、
初めてその全貌を表したフル・アルバム『銀座物語』を遂に完成させた。“タリラ~リヤ”のスキャットが印象深いラテン&ディスコ・ナンバー「瞳」を聴くだけでも、
その歌声の深みのあるグルーブというか、艶っぽさ、色気、そのくせ妙に人を落ち着かせるトーンに気づかされるが、彼女自身が書く詞の自然体でいながら面白い味ともども、
これは、これまでになかったタイプの才能の登場と感じる人は多いだろう。こうしてフル・アルバムで多くの曲を聴くと、話題曲ひとつでは判らなかった不思議な魅力のページがどんどん開かれていくようである。
すでに、インディーズ・レーベルからミニ・アルバム『求愛』や、マキシ・シングル『会いたくて』などを発表し、東京や関東各地のジャズクラブでもライブ活動を続けてきているだけに、
例えば2006年の「会いたくて」などは30代から40代の女性、いわゆるアラサー、アラフォーのファンを中心に支持され、かなり有名な曲である。
彼女は、銀座の会社に勤める現役のOLという顔を持ち、それ以前には、文壇の有名作家が多く集う銀座文壇バーでのアルバイト、また、中学校の教師という職歴もあるというなんともユニークなキャリアの持ち主。
歌手専業、ミュージシャン専業ではないアーティストというのは、この節、特に珍しくはないが、エンターテインメント業界の職に就くことなく歌手、作曲家業と両立させている人はそんなに多くはない。
歌に自然と滲み出るものなのか、そのある種、“普通の日常”も過ごす身ならではの説得力が、彼女の歌世界の随所に表れる点が、支持をうける最大の理由ではないかと思う。
プロデュースを担っているのは、吉永“Gitane”多賀士/トーマス・サワダのコンビだ。近年は、女性ジャズ・ボーカル・カルテットのSUITE VOICEを一貫してプロデュースしている敏腕コンビだが、
これまでに羽根田ユキコから女優の杉本彩、実力派のソウル&ロック・シンガーSaltie(ソルティー)など、主に女性個性派アーティストを手懸けてきているだけに、この人見麻妃子の持つ日常性と
ジャズ・テイストを活かすとともに、内包している都会派歌謡曲の趣をも、実に上手く引き出している。タイトル曲のオリジナル「銀座物語」はその才気ゆえの成果だが、銀座伝統の名街路を歌詞に
盛り込んだメランコリックなジャズ歌謡曲で、「銀座カンカン娘」(灰田勝彦:雪村いずみ等)から「たそがれの銀座」(ロス・プリモス)、「西銀座駅前」(フランク永井)などの銀座を舞台にした
昭和歌謡曲を知る世代に、ノスタルジックな想いを提供し、なおかつ、新しい平成のジャズ・ボーカルを味あわせるすべ術はさすがという他ない。
その他のレパートリー選曲にも機知がよく表れている。
横須賀線で鎌倉に行き、明日は会社を休みます、という静かで自省的な日常破壊を描いた5.「せぷてんばぁ」は、クレイジーケンバンドの横山剣の作品で、同じく横山剣の初期であるZAZOU(ザズー)時代の作品、
12.「僕のクリスマス」をボーナス・トラックに選んでいるのも、このプロデューサー・コンビが、人見麻妃子の持ち味の中に、クレイジーケンバンド、あるいはエゴ・ラッピンの中納良江に通じるモダン・ジャズ/ソウル&歌謡曲の
趣を発見し、そこを徹底的に追求しているからだろう。
このジャズ歌謡的感触は、スタンダード・ナンバーの2.「You'd be so nice to come home to」をはじめ、オリジナルの気だるいボサノヴァ・ビートが艶っぽい1.「甘くせつない記憶」、トーマスのナレーションを得て、
きわどい男と女のドラマを観るような7.「Single」、真矢みきが歌ったソフィスティケイトされた楽曲よりブルース&ジャズの色あい濃くカヴァーした9.「コート・ダジュールへの最終列車」にも、共通して漂っている。
この感触は、都市の中の若い女性の孤独感や様々な日常の夢想をごく自然に表現するもので、確かに90年代以降のJ-POPの女性アーティストには欠落してしまったものかもしれない。
むしろ、昭和歌謡の中の西田佐知子や平山みき等の歌にあったもので、例外的に近年までそれを持ち続けている夏木マリのレコーディング作品などに共通した趣を見つけることができる。
とはいえ、人見麻妃子は、平成の現代を生きるヤング・アダルトであり、なおかつ、OL/シンガー&ソングライターという二つの道をたくましく歩む女性である。弾ける時は、目一杯弾ける、というその特質が、
ポーラ&トーマスをコーラスに迎えたジャンプ・ナンバー10.「Boogie Boogie」(五十嵐はるみやSUITE VOICEがレコーディングしている)や、同じくSUITE VOICEの近作『SWAY』に収められて、
実は“女性だけの吞み会には欠かせぬアーバン・チューン”として浸透している11.「Fiesta」によく表れていて、先述の話題曲「瞳」ともども、彼女の“普通のようでいて普通ではない”日常がはぐく育んだエネルギーが噴出している。
これらジャンプなナンバーと、ノスタルジックでジャジーで、歌謡曲で私小説的なナンバーとの間にある色彩の変化や陰影、これが、彼女を支持するファンにとって一番の魅力であり、吸引力を持つポイントだと思う。
いずれにしろ、実に得難いキャラクターを持つアーティストの登場であり、それを上手く引き出し作品化したファースト・フル・アルバムである。
(2009年7月6日)大伴良則/Y.OTOMO
2007.08
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2006.04
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